宿場町で栄えた銘醸から
海外へ羽ばたく酒を

笹一酒造株式会社
Sasaichi-Shuzo

 

酒の日本一を目指して

 山梨県大月市笹子町はかつて、甲州街道の最難関である笹子峠の宿場町として栄えた地。多くの旅人でにぎわい、さまざまな文化や商い、交流が生まれた。地元に伝わる人形浄瑠璃「笹子追分人形」は、宿場町に泊まる旅人を楽しませようと始まったとされる。また県指定天然記念物の巨木「矢立の杉」は、葛飾北斎や二代目歌川広重の名画に既にその姿が描かれており、当時の繁栄ぶりを感じさせる。

 笹一酒造は寛文元年(1661年)、みそやしょうゆ、酒などを醸造する花田屋として創業した。後に衆院議員や山梨県知事を務める天野久氏が初代蔵元として大正8(1919)年に現社名に改名。昔の女房詞で酒を意味する「笹」と、日本一の山・富士山にちなんだ「一」を組み合わせ、酒の日本一を目指す決意を表した。創業当初から使う笹一のマークには、三種の神器の1つ「八咫(やた)の鏡」をモチーフにした縁取りが施されている。

 2019年10月から5代目蔵元を務める天野怜社長によると、仕込み水は自家井戸から湧き出る、富士山を起点とする天然水を使用している。富士山に降った雪解け水は溶岩などで長い時間をかけてろ過され、不純物が少なく透明感の高い水として知られる。「昔は江戸城でお茶会をする際に水飛脚がこの水を運んだと伝えられています。また明治天皇が京都にご行幸の際に、この水を携行しました」と天野社長。「御前水」とも呼ばれた由緒正しいこの天然水こそが、笹一の歴史を支えてきたと言っても過言ではない。



 

伝統的な製法で引き出すうまみ

 日本酒の消費量が増加し続けていた時代は、毎日の晩酌に喜ばれる普通酒を主に生産していた。時代の転換期を迎えた現在は、品質や付加価値といった新たなニーズの高まりから、2013年酒造年度を最後に大量生産方式を全廃し、麹造りと酒母工程を手作業で行う伝統的な製法に戻した。

 2020年2月には、商品内容を一新した新生「笹一」を発売。県産米を100%使用し、手作業で醸した酒は酸味とうまみが調和した逸品だ。ラベルの力強い文字は国際的に活躍する書家・金澤翔子さんが揮毫した。

 さらに究極の食中酒として国内外で高い評価を受けているのが、2013年に発売した「旦(だん)」だ。水の良さが生きた柔らかい飲み口と米の旨さが光る力強い味わいが魅力。大量生産ができない商品のため、全国約60軒の特約店のみで販売している。

 特徴は山廃という仕込み方だ。日本酒の重要な工程である酒母(酛)には、速醸酛と生酛の2種類があるが、このうち速醸酛は、蒸米と麹、水、酵母を混ぜ合わせる際に醸造用の乳酸を加えたもので、短期間で発酵が進む利点がある。一方、生酛造りと似た製法の山廃仕込みは、醸造乳酸を加えず乳酸菌が自然に育つのを待ち、発酵させる方法。発酵に時間がかかるものの、複雑で深いうまみが生まれる。天野社長は「酸によってお酒がコーティングされ、長期熟成が可能になるため、味がぶれないんです。世界で戦えるのはこういう酸が効いたお酒だと思っています」と語る。

 また、香りの少ない酵母を使用し、麹を丁寧に手作りすることで、米の香りをより強く引き出している。「旦」は、最高の水と米を用い、こうした伝統的な製法でじっくりと低温発酵させることで、広がりのある醸造香とピュアで優しい酸味と甘み、旨みを調和させた。

国内外で高く評価

 「旦 純米吟醸無濾過生原酒」は2017年、ワインの世界的評価基準「パーカーポイント」の日本酒版で、100点満点中91点をマーク。「傑出」とされる90点以上は全国78銘柄のみで、県内からは旦だけがランクインした。2018年のブリュッセル国際コンクールSAKEセレクションでは、「旦 純米吟醸 愛山」がプラチナ賞、「旦 山廃純米吟醸 備前雄町」がゴールド賞を受賞。またインターナショナル・ワイン・チャレンジ日本酒部門では、2018年に「旦 純米吟醸 愛山」がゴールドメダルを獲得するなど2018年と2019年は連続で「旦」各種が複数のメダルに輝いた。海外で日本酒の人気が高まる中、今後もますます飛躍が期待されている。

 首都圏からのアクセスが良い笹一には、年間10-20万人の観光客が訪れる。2020年9月には敷地内の直売店「酒遊館」をリニューアルオープンした。黒を基調とし、陳列したボトルが美しく映えるようにレイアウトや照明にもこだわった粋な空間だ。長時間滞在して楽しんでもらえるよう、カフェや有料の試飲スペースも用意されている。「観光とお酒を組み合わせた新しい楽しみ方を提案していきたいです。ここ大月は山梨の出入り口として都心から大変近い距離にあります。ぜひ大勢の方に足を運んでもらい、笹一の歴史やこだわり、山梨の素材で造る品質の良いお酒について知っていただけたらうれしいです」。時代のニーズを的確につかみながら成長を続けてきた笹一酒造。その酒は国内のみならず、海外に羽ばたいていくことだろう。

笹一酒造株式会社
住所:山梨県大月市笹子町吉久保26
TEL:0554-25-2111 FAX:0554-25-2620
URL:http://www.sasaichi.co.jp/