柔軟な発想力で
築く新しい歴史

太冠酒造株式会社
Taikan-Shuzo

 


 

日本酒普及へ足元から

 日本酒の魅力を広め、より大勢の人に飲んでほしい―。多くの蔵元が抱く願いだが、実現を目指してまずは足元から実践に取り組む人がいる。山梨県南アルプス市の太冠酒造株式会社の5代目、大澤慶暢社長。大学の航空宇宙学科から自動車業界に進み、30歳で山梨に戻ったのちに家業を継いだ。国内で日本酒の消費量が減少傾向にある中で10年以上前から取り組んでいるのが、同市から程近い昭和町で幼稚園児や児童とともに行う酒米「山田錦」の栽培だ。「二十歳になったときに日本酒に親しんでもらいたい」との想いから、地産地消と食育を兼ねて田植えや稲刈りの農業体験をする活動で、採れた米を甘酒と日本酒に醸造して子どもとその保護者にプレゼントし、喜ばれている。

同社は明治10(1877)年に大澤利右衛門が甲府市内で創業。平成19(2007)年には、より酒造りに適した環境を求めて現在地に移転した。山梨県はミネラルウォーター生産量で全国シェア4割を占める銘水の地で、県内にはさまざまな山系があり、このうち南アルプス山系水も質の良さで知られている。現在、同社は南アルプス前衛の櫛形山山麓にある蔵で、その伏流水を仕込みに使っている。
 「以前は本当に甲府のど真ん中でやっていましたが、空気と水の良いここの環境に惚れ込み、移転しました。気温は甲府と比べ2℃ほど低いです。蔵のすぐ後ろに山があり、冷気が下りてくるため、より気温の低さを感じます」と大澤社長。思い切った決断は功を奏し、周囲の評判も「酒質がさらに向上した」と上々だ。

 また同社は、水の分子を生体水に近い状態に変えた「π(パイ)ウォーター」を仕込み水に使った酒や、清酒酵母でなくワイン酵母を使った酒の醸造など面白い試みに挑戦している。こうした試みや若い世代への普及活動、大胆な環境の変換に取り組む姿勢には、従来の考え方にとらわれない、柔軟で新しい発想力を感じさせる。


丁寧な作業とチームワーク

 原料米は9割以上が山梨県産。純米酒以上の特定名称酒には山田錦、普通酒と本醸造酒は「あさひの夢」を使用している。また、酒造りは「一麹、二酛(もと)、三造り」と言われるように製麹工程が重要だ。その1つは、蒸した米に粉末状の種麹をふりかけて菌を植える作業。ここで菌を酒米にまんべんなく付着させないと、発酵にムラができてしまう。室内を閉め切って空気の流れを止めた上で、ふりかけた種麹が落ち着くまでの約30秒間、蔵人たちはじっと身動きせずに待つ。その後、米をよく混ぜ合わせ、温度と湿度を保ちながら繁殖させる。こうした一つ一つの作業を丁寧に行うことでおいしい酒が生まれる。

 蔵人たちのチームワークの良さも同社の強みだ。諏訪杜氏で長野県原村在住の菊池良充杜氏を中心に原村や茅野市から集まった計4人が仕込みを行う。大澤社長は「気心が知れた人同士。仕事がスムーズにいくということは、お酒もスムーズにできる。日本酒というのはわりと繊細なので、どこか失敗すると後々お酒の味に響いてしまうけど、うちはそういう心配は少ないんじゃないかな」と信頼を寄せる。


食事に最適な辛口 鑑評会で多数受賞

 出世した武官が前途を祝ってかぶった冠にちなみ、命名されたという酒銘「太冠」。爽やかな飲み心地とキリっとした後味が魅力だ。「やっぱり日本酒は基本、食中酒。今は香りが高い酒などいろいろなタイプがあるけど、うちの場合は食事を邪魔せず楽しく飲める酒。あまりしつこくなくて、どちらかと言うと辛口ですっきり飲めるタイプ。飲み飽きない味です」。なかでも「太冠 大吟醸」は、全国新酒鑑評会で金賞を複数回受賞するなど各種鑑評会で高い評価を得ている。うまさの秘密は手間暇かけた醸造過程にある。原料米の山田錦を40%まで磨き上げ、“米のダイヤモンド”とされる中心部分のみを使う。洗米の際は10キロずつ容器に小分けし、優しく手洗いする。吸水時間も秒単位できっちり計るこだわりようだ。

 一方、2019年に新発売した「太冠 スパークリング」も、製造した2,000本が全て売り切れた人気商品。ワイン酵母で仕込み、瓶内2次発酵させた純米酒タイプのスパークリングで、爽やかなバナナ系の香りと白ワインのような口当たりの後に日本酒の風味が出てくる、ライトで甘口のお酒だ。また、果物の産地である地元南アルプス市のソルダムを純米酒に漬け込んだリキュールや、県内産シャインマスカットの粉砕果汁を純米酒にブレンドしたリキュールなど、地産地消を図りながら女性や若者に訴求力のある商品も誕生させた。
 明治10年の創業から140年を超える歴史と伝統を守りつつ、独自商品の開発や若年層への普及、さらには地域貢献にも取り組む太冠酒造。その目は常に未来を見据え、新しい歴史を着実に築いている。

太冠酒造株式会社
住所:山梨県南アルプス市上宮地57
TEL:055-282-1116 FAX:055-283-8821
URL:http://www.taikan-y.co.jp/