生酛造り、槽絞り…
伝統の技が光る辛口酒

谷櫻酒造有限会社
Tanizakura-Shuzo

 

食べ物の最高の脇役に

 「和食だけでなく洋食や油の多い食事にも合う、辛口の酒質を目指しています」と話すのは、山梨県北杜市大泉町「谷櫻酒造」の小宮山はつみ専務だ。近年は甘口の酒が流行しているが、はつみ専務の父で4代目蔵元の小宮山光彦社長は「日本酒は食べ物の最高の脇役である」との信念のもと、辛口の酒にこだわってきた。以前、商品の1つである「純米吟醸 北の杜」のAI診断を行った際に、鶏のから揚げとの相性が抜群との結果が出たという。塩気と油分の強いから揚げにも負けない、しっかりとした酸味を科学的に裏付けてみせた。

 蔵は嘉永元年(1848年)、初代小宮山権左衛門がお神酒酒屋として創業。当時、敷地から大量の古銭が出土したことから「古銭屋」の屋号で親しまれてきた。地域一帯は八ヶ岳南麓高原湧水群として日本名水百選に認定されていて、蔵は敷地内の深井戸から汲み上げたこの伏流水を使用している。成分は弱軟水で、ミネラルの一種「シリカ」が多いという。また米については、精米を業者に委託せず全量を自社で行い、品種や粒の大きさ、酒の銘柄に合わせて磨き具合を変えている。



 

伝統の技を復活

 蔵は、明治時代初めごろまで行っていた生酛(きもと)造りを1998年に一部商品で復活させた。社長の「日本酒本来のうまみを引き出す理想的な醸造方法を」との想いからだった。生酛造りは、蒸米と麹をすり潰す「山卸し」と呼ばれる作業を行い、自然のまま乳酸菌を培養・育成し、蔵つき酵母によって発酵が進むのを待つ。醸造用乳酸を加える速醸酛と比べて時間と手間がかかるものの、生きた乳酸菌によって複雑で深い味わいが生まれる。

 生酛造りで醸造しているのは「純米酒 櫻舞」と「本醸造 櫻守」。純米酒だけでなく、熱燗でも楽しめるようにと本醸造を用意した。はつみ専務は「生酛造りは県内でうちの蔵だけと聞いています。作業は大変ですが、これからも伝統として守っていきたい技術です」と語る。

 搾り方についてもこだわりが光る。「大吟醸 谷桜」、「純米大吟醸生酒 古銭屋の酒」、「純米大吟醸 サクラサクラ」は伝統的な槽(ふね)絞りでしぼっている。発酵させたもろみを布でできた酒袋に入れ、槽と呼ばれる入れ物に敷き重ねる。ゆっくりと圧をかけていき、しぼり終えるまでには2日から3日程度かかるという。手作業で何百もの重い酒袋を積み重ねるのは重労働だが、その味は格別だ。

 「純米大吟醸 サクラサクラ」は2016年に香港インターナショナル・ワイン&スピリット・コンペティションに初出品し、日本酒部門の最高賞を受賞。2018年と2019年にも銀賞と銅賞を受賞した。有機栽培認証米(JAS認証米)を100%使用し、すっきりとした味わいとフルーティーな香りが特徴で、女性にも人気の商品。ラベルは山梨県産手漉き和紙を使用した。

 「大吟醸 谷桜」は2019年のロサンゼルス・インターナショナル・ワイン・コンペティションで金賞を受賞した。兵庫県産の山田錦を35%まで磨き上げたこだわりの商品。フルーティーな香りとスッキリとしたのどごしの酒だ。2020年には「古銭屋の酒 秘蔵酒」がロンドン酒チャレンジの古酒部門で銀賞に輝いた。こちらは「純米大吟醸 古銭屋の酒」を氷温化で10年以上熟成させた製品で、古酒ならではの熟成香と深い味わいが特徴だ。はつみ専務は「うちのように個性の強いお酒は国内の鑑評会向きではないのですが」としつつも、「こうして評価していただくと、少しでもお客さまが商品を選びやすくなるのかなと思っています」と謙虚に喜びを語る。

ユニークな新商品も

 2013年には、日本酒と同じ醸造方法で、原料にサツマイモを加えた「芋酒」を発売。北杜市明野町のサツマイモ「あけの金時」にちなみ、商品名は「あけのGT」(G=Gold、T=time)とした。また、2018年には漫画・アニメ界の巨匠、松本零士さんとのコラボ企画「名将銘酒47撰(戦国のアルカディア)」に山梨県代表として参加し、松本さんがプロデュースしたラベルの日本酒「純米吟醸 甲斐の虎信玄」を一定期間、販売した。

 酒造りは毎年11月から3月ごろまで続く。杜氏は、四半世紀にわたって岩手県から毎年谷櫻酒造に出向き、期間中は蔵人たちと寝食をともにしながら仕込みに全力を注ぐ。昼食時は、前職がフレンチのシェフだった光彦社長が中心となって腕を振るった料理を、大人数で食す。蔵人たちが文字通り“同じ釜の飯を食う”環境は、蔵全体の一体感の醸成に一役買っている。

 はつみ専務は「今後も自分たちの信念に沿ったお酒、個性を大事にしたお酒を造り続けたいです。また伝統を守りつつ、新しいものも生み出していきたいです。最近の若い方は日本酒を飲まないと言われていますが、日本酒でカクテルを作るなど多様な飲み方があることを知っていただきたいです。日本酒に気軽に親しんでもらえたらうれしいですね」と笑顔で語った。

谷櫻酒造有限会社
住所:山梨県北杜市大泉町谷戸2037
TEL:0551-38-2008 FAX:0551-38-2199
URL:https://www.tanizakura.co.jp/