富士川舟運の歴史とともに
230年与謝野晶子ゆかりの蔵
株式会社萬屋醸造店
Yorozuya-Jyozouten
「春鶯囀(しゅんのうてん)」の誕生
山梨県南巨摩郡富士川町の萬屋醸造は、「富士川舟運」の発展とともに歩んできた。まわりを山に囲まれた甲斐の国はかつて交通の便が悪く、江戸との行き来は、笹子峠を山越えするか駿河との間を人馬で往来することが多かった。そこで今から400年前、徳川家康が“富士川開削”を命じ、鰍沢(現在の山梨県富士川町)から駿河まで安全に輸送できる水路、富士川舟運が整備された。河岸には全国から多くの物や人が集まり、周辺地域は経済的、文化的に大きく発展した。こうした時代背景のもと、寛政2(1790)年に初代萬屋八五郎が富士川舟運の青柳河岸近くの現在地に萬屋醸造を創業した。当時の酒銘は「一力正宗」。萬屋の「萬」は「万」と表すため、「万」を分解した二文字「一」と「力」に由来する。当時は酒だけでなく味噌や醤油も製造し、以後230年にわたって地域の繁栄とともに歩を進めてきた。
萬屋醸造は、明治から昭和にかけて歌人として活躍した与謝野晶子ゆかりの蔵としても知られる。玉川浩司社長によると、6代目当主・中込旻(なかごめあきら)の弟純次は、与謝野鉄幹・晶子夫妻らが創設した「文化学院」で学び、夫妻の愛弟子の1人だったという。純次は後にフランス語の教鞭をとり、妻富美子もともに与謝野夫妻と職員室で机を並べた。また、旻の母さとじも夫妻と書簡を交わすなど家族ぐるみで交流があった。こうした縁から昭和8(1933)年の秋に与謝野夫妻の甲州への旅が実現した。
蔵を訪れた晶子が「法隆寺など行く如し 甲斐の御酒 春鶯囀のかもさるゝ蔵」と詠んだエピソードは有名。春鶯囀とは中国・唐時代につくられた雅楽の楽曲名のことで、ウグイスの声を模して作曲されたとも言われる。「歌の詳しい解釈は今となっては不明ですが、おそらくは『まるで春のウグイスのような素晴らしいお酒に出合った』という意味もあるのではないでしょうか」と玉川社長。晶子の歌に感銘を受けた6代目当主・旻はこれを機に、酒銘を「一力正宗」から「春鶯囀」に改めたと伝えられる。
地元農家らとともに酒米づくり
現在、酒米の約85%は富士川町を中心とした地元産を使用している。「地酒である以上、酒米と水は地元にこだわりたい」という想いから地元での酒米栽培にこだわっている。平成23(2011)年には地元農家、JA関係者、生産者団体とともに「春鶯囀 酒米づくり協議会」を発足。酒づくりの方向性や想いを常に共有し、おいしい酒を造るための酒米づくりに取り組んでいる。
協議会のメンバーのうち3人は蔵人としても酒造りに加わっている。これにより、米作りから酒造りまでの一貫した管理や、会社の方向性と戦略を米作りにダイレクトに反映することにつながっている。また「徹底した原料米処理こそ『うまい酒』づくりの第一歩」と考え、地元で獲れた酒米を自社精米し、納得いくまで米を磨いている。令和元年(2019年)には前任の諏訪杜氏からつくりの技と心を継承した新杜氏に世代交代し、酒の味にお米の旨味をしっかりと残しながら、さらに華やかさを増した。
商品の中で特に高い評価を得ているのが「春鶯囀 純米酒 鷹座巣」だ。2019年全国燗酒コンテスト・プレミアム燗酒部門で金賞受賞、さらには2020年に最高金賞受賞を受賞、東京国税局酒類鑑評会では複数回入賞しているという逸品。南アルプス最南端の櫛形山(鷹座巣山)から命名した、辛口でキレのある男酒で、グルメ漫画『美味しんぼ』にも登場した。富士川町内で契約栽培した酒造好適米「玉栄(たまざかえ)」と、鷹座巣山の極上の伏流水を使用した「地産地消」を極めた純米酒だ。
また、大吟醸「春鶯囀のかもさるゝ蔵」も2020年東京国税局酒類鑑評会で優等賞を受賞するなど評価が高い。兵庫県産酒造好適米「山田錦」を丹念に精米歩留40%まで自家精米し、杜氏の持てる技と心を込めて醸し出した、春鶯囀のフラッグシップ商品。与謝野晶子直筆の書をラベルに使用している。さらりとした飲み口と、奥深く上品で華やかな味わいを楽しめる一品だ。
歴史文化薫るギャラリー
平成13(2001)年には築150年以上の味噌蔵を改築し、酒蔵ギャラリー「六斎」をオープンした。「六斎」は16世紀、武田勝頼の時代に近くの街道・追分で、月に6回開いていた市(いち)の名。「当時の市のようにさまざまな人が交流する場、地元の人たちの文化活動の一助に」という想いから名付けた。1階が酒の直売や試飲コーナー、2階がギャラリーで、2カ月に1度のペースで県内の芸術家や写真家による作品展、演奏家のミニコンサートなどが開かれている。
玉川社長は「与謝野晶子ゆかりの蔵として、これまでにギャラリーや近くの道の駅で晶子展を開催し、所蔵する直筆の書や来県時の写真などを展示しました。晶子ゆかりの蔵ということを知らない県外のお客さまもまだ多いので、文学好きの方や普段日本酒を飲まない層にも親しんでいただけるよう、今後もアピールしていきたいです」と意欲を見せている。
株式会社萬屋醸造店
住所:山梨県南巨摩郡富士川町青柳町1202-1
TEL:0556-22-2103 FAX:0556-22-4245
URL:https://www.shunnoten.co.jp